フランクフルト、九月

詩を読んでも全然理解できない僕だけど、パウル・ツェランの「フランクフルト、九月」を読んだ時だけは何かピンとくるものがあった。
「フランクフルト、九月」はパウル・ツェランの第六詩集「絲の太陽たち」(飯吉光夫訳、ビブロフ)に収録された詩の一編である。


淡色の髯をたくわえた、
盲目の移動式スクリーン、
このスクリーンを明るく照らす
コガネムシの夢。

このコガネムシの夢の背景に、悲嘆の網目写真として
うちひらかれるフロイトの額、

外で
沈黙したまま凝った涙が
析出する、以下の文句とともにーー

「心理
学はもう
これまで。」

模造の
烏が
朝食をしたためる。

喉頭閉塞音が
歌う。


正直何が何だか分からないけど、僕はこの詩の中にフランツ・カフカの印を少なくとも3つ見つけた。
だからこの詩はカフカについての詩なのではないかとピンときたわけである。
この詩集の末尾には「訳者あとがき」があり、それぞれの詩について短いコメントが付されているのだが、僕はクイズの答え合わせをするように「フランクフルト、九月」のコメントを読んだ。

業病で死んだフロイトの晩年のフィルムを前にして、精神分析学では解明できない人間の苦悩を描く。

残念ながらカフカのカの字もなかった。
だけどこの詩から僕がなぜカフカを連想したかを聞いてもらえれば、それも無理はないねと同情する気にはなっていただけるのではないか。
そんな期待を込めて書きたいと思います。

カフカの印①
コガネムシの夢」
僕はこの言葉からカフカの最も有名な小説「変身」を連想した。「変身」(高橋義孝訳、新潮文庫)の解説で有村隆広氏は主人公のグレゴール・ザムザが変身した虫について

カフカの描写からすると、これはどうやら巨大なむかでといったほうがふさわしいかも知れない。

と書いているが、小説の冒頭の描写を見てみると虫には次のような特徴がある。
1、アーチのようにふくらんだ褐色の腹
2、腹の上には横に幾本かの筋がついている
3、胴体の大きさにくらべてひどく細い足がたくさん

カフカの印②
「烏」(カラス)
カフカ短編集」(池内紀編訳、岩波文庫)の解説に

カフカ」はチェコ語のkavkaであり、それはカラスを意味している。

とある。

カフカの印③
喉頭閉塞音」
ポール・オースター著「空腹の技法」(柴田元幸/畔柳和代訳、新潮社)所収のエッセイ「カフカの手紙」に

カフカ喉頭結核を病んでいて、口をきくことも禁じられていた。食べるのもひどい苦痛となり、最後の方では病が進むあまり、文字どおり餓死に追いやられたのである。

とある。

「少なくとも3つ」と書いたのはカフカを意識すると「心理学」もカフカっぽく見えるし「歌う」から「歌姫ヨゼフィーネ」を連想するのはわけないなかである。

ちょっと長くなってしまったが、こういうわけです。

 

東京五輪は自分をWorld StandardにUpdateするチャンスである。

…………というわけで、私は2020年東京オリンピックパラリンピックを見据えて剃毛した。
世界陰毛の趨勢を観察するに、剃毛はエチケットである、との価値観が欧米社会を中心に定着しつつあり、今後この勢いは強まることこそあれ弱まることなく全世界に広がるのは確実だと判断した私は、剃毛チャンスを伺っていたのだが、東京五輪という世界中の注目が集まるビッグイベントを利用しようと考えついたのである。
剃毛して十日程経つが、一度剃ってしまえば毎日の手入れはそれほど大変ではないし、視覚的にも可愛げがあって気に入っている。みなさんも東京五輪に向けて自身をWorld StandardにUpdateしてみてはいかがでしょうか。

「gee」の意味

疑問を疑問のまま放置していることがある。検索すればすぐに解消できるとわかっていても、ただなんとなく面倒くさいとかで。そんな疑問の一つに「gee」の意味があった。
韓国の女性アイドルグループ少女時代の代表曲のタイトルである。
「gee 意味」で検索してみると、予想通り簡単に「gee」の意味を知ることができた。「gee」はびっくりした時や興奮した時に使う英語の間投詞で、「jesus」が変形したもの。日本語に訳すと「えー?!」とか「うっそー?!」といった感じでしょうか。
しかし「gee」には他にも意味があるようです。原著が1933年に出版されたジョージ・オーウェル作「パリ・ロンドン放浪記」(岩波文庫)小野寺健訳233ページに「現在ロンドンで使われている隠語の一部」として「gee」が取り上げられているからです。

ジー(gee)ーー(gもjも使われる)香具師の仲間で、買うふりをして、売れるように誘う者、サクラ。

とある。さらに次のページには「gee」について考察している。

「ジー」というのはおかしな言葉である。あるいは猟師が獲物に近づくときに姿を隠すための馬形、つまり隠れ馬の意味で、馬の俗語「ジー」からきたのかもしれない。

ベンヴェヌート・チェリーニ

マーク・トウェイン作、村岡花子訳「ハックルベリイ・フィンの冒険」(新潮文庫)371ページに、トム・ソーヤーがハックルベリイ・フィンに向かって言うセリフがある。

いったい、君は本というものを読んだことがないのかい?ーードレイク男爵だとか、カサノヴァだとか、ベンヴェヌート・チェリーニだとか、アンリ四世だとか、そういった英雄の話を一つも読んだことがないのかい?

ここに名前の上がった四人の「英雄」については訳注がついている。ベンヴェヌート・チェリーニについては

一五〇〇ー七一。イタリアの彫刻家、金工家。ルネサンス後期のフィレンツェ派に属し、その波瀾に満ちた生涯を記録した自叙伝を著した

とある。またジョージ・オーウェル作、小野寺健訳「パリ・ロンドン放浪記」(岩波文庫)79〜80ページには次のような記述がある。

ウェイターはご機嫌になって、自分の恋愛沙汰のこと、イタリアで刺した二人の男のこと、うまく兵役を逃れたことなどを話して聞かせた。わかってくればいい奴で、何となく十六世紀イタリアの彫刻家ベンヴェヌート・チェリーニに似ていた。

わたしが今月になって読んだ二冊の本に、立て続けに登場したベンヴェヌート・チェリーニ。いったいどんな人物だったのだろうか?